
加護やのオーナー、上田が綴る日記です。
桜のもつ華やかさ、切なさ、色っぽさ、潔さは、様々な形で日本人の美意識をかき立ててきた。そしてまた、人生の節目の時期と共に、愛(め)で、歓喜し、慰められ、泣かされもした。そんな桜の季節を何十回も経験すると、淡くなっては消えゆく筈の甘酸っぱい小さな過去の記憶も、淡いろを塗り重ねた如く、消えゆくどころか年ごとに濃くなっていくのは、どうしたことか?
桜という背景シーンに数々のドラマが渾然一体の上書きになって味の濃い料理に仕上がったみたいな感じ。
次男の中学入学式に夫婦で参列した。時代を超えて、自分や長男の入学式の時の記憶が、桜が重なり合うように覆いかぶさりながら、味の濃い、晴れやかな気分!そんな華やかな記憶に浸る一方、頭の中は、辿ってきた自分史をクールに整理し追いかけてみたりしている。子供の自分と親になった自分、過去と現在、現在と来るべき未来、妙な時間的、空間的錯覚に陥ったりしながら、毎年春を迎え、その感傷に浸っている間に桜は散って、あたりは次の季節を迎える準備を始めている。いつも自然の方が、準備が早い。季節や時代に取り残されないように、人間も大自然の中に溶け込んだ生活を営まなきゃ!とどまることなく連綿と、リズミカルに・・・・・。
ブライダル関係の方に聞いてみると、最近「小さな和婚」が、ちょっとしたブームとか。挙式を地域にゆかり深い神社と敬愛できる宮司の下で厳かに執り行いたいという方が多くなったからだそうです。ホテル内等の出張所神殿ではなく、魂の宿る本物の神社で!というわけです。豊かな時代が生んだ、本物志向。日本人の挙式のスタイルも時代とともに様変わりしていますが、本来のあるべき姿に戻リ始めたことをうれしく受け止めています。日常生活の中で着物を着る習慣がすっかりなくなってしまった今では、新郎・新婦にとって紋付袴や綿ぼうし、打ち掛け姿は、遠い憧れを手に入れた時のような喜びなのかもしれませんし、単純にコスプレ的で、楽しい気分にさせてくれる衣装なのかもしれません。いずれにしても、和式のウェディングが見直されていること自体は、歓迎すべき素晴らしい事です。日本の伝統や格式、また日本人の固有のDNAを真剣に守り育てていくことに情熱を注がなければならない時代がきたと強く思います。
引き続き、アクア・ヴィータでの披露宴情報をお伝えします。パーティー会場に入るまでのロビー空間が、ちょっと手狭に感じました。そしてこの場所で待機していて、一体どこからパーティー会場につながっているのだろうと思っていたら、いつしか壁だと思っていた壁面が開放になっており、ぐっと明るい清潔感ある空間に変貌を遂げ、かなり驚きました。(どういう開き方をしたのか?確かめられなかったのが残念!)会場の中は、シンプルモダンなつくりで、高砂席の正面には、大きなシャンパンボトルやワイン、クリスタルなグラスなどが飾られており、都会のシャンパンバーのバーカウンターかのような雰囲気でした。また、新郎新婦が着席する高砂席背面は、ワイドスクリーンが据え付けられており、二人の様子や表情が常に大きくバッチリと映し出されています。ちょっと遠くの席の方も、彼らの喜びの表情を抜かりなくチェックできるので、とても会場の中の一体感が感じられるいい装置でした。冒頭に、私が新郎側の主賓挨拶とあって若干緊張していたせいもあって、落ち着いてあたりを見回す余裕はあまりなかったので、ちょっとあやしい情報かもしれません。あしからず!宴もたけなわ、一気に盛り上げてくれたのはやはり新郎新婦の友人達。特に新婦側の友人達は、みんな美人を鼻にかけない明るさで、歌うわ踊るわ、バラエティーのタレントさんのようでした。またクライマックスでは、専属の美人三人ゴスペラーズが抜群の歌唱力で、宴最後の華を添えてくれました。あとは、新婦から両親への感謝の言葉、両家代表謝辞、新郎謝辞へと続きました。夕方から始まった披露宴でしたので、もちろんこの頃はもうすっかり星が輝いていてもおかしくない時間。高砂席と反対側のシャンパン・バーのようなカウンター前に両家が揃われ、感激の渦の中、最後の言葉を新郎が結ぼうとした時(だったかな?)、バーカウンターの背面には、ガラス越しにいく筋もの滝のような花火の煌めきが流れ、トレンディードラマのような爽やかさで素晴らしい締めくくりとなりました。あの夢のような輝かしさと一夜明けた瞬間からはじまる厳しい現実とが、しっかりと分別出来るようにと思わず祈ったのは、私だけだったのでしょうか?いやいや、仲睦まじく、末永くお幸せに!